2006年2月21日火曜日

朝のお散歩

早起きな日々を数日過ごした後、「この早起きをもっと有意義につかえないか」と考えるようになった。もちろん長男と遊ぶのが有意義でないというわけではない。もっと積極的に充実したふれあいタイムにしたいなぁと考えていたとき、以前買ったままほとんど使っていなかった背負子があったことを思い出した。「そうだ、こいつで散歩に行こう!」
散歩に行こうと思い立った背景には、それ以前にちょっとした出来事があった。春の定期健康診断で肝臓のγGTPの数値が高騰し、脂肪肝の疑いありで要再検査の結果が出てしまっていたのだ。そういえば、以前はジムにも通っていたけれども、今は行ってないし、毎日家に帰るのは遅くて夕食をとるのも深夜近く、全然体にいいことはしていない。「これではイカン」とダイエット方法を模索している時期であった。
お散歩のコースは自宅から1km程度の公演まで長男を背負って往復するだけだが、そのころの長男の体重は12,3kgあったので、距離は短くても結構な負荷をかけられる。公園の木々には蝉が競うように合唱し、長男は上をキョロキョロ見ながら「ミンミン、ミンミン」と教えてくれる。また、通りがかりの家の門扉においてあるフクロウがお気に入りで「ホーホー」と指をさしてご満悦だ。そして、コースの終わりの方にはお地蔵さんがあって、その前で家内安全をお祈りして、最後に長男の大好きな電車の往来を見物して家に帰るのが日課になった。
秋口になると、どうしたことが長男はすっかりお寝坊さんになって、朝のお散歩は自然と終息することになったが、何となくゆうたと仲良しになれた気がするひと夏となった。
副産物として、健康診断の再検査では、すべての数値が正常値に戻っていた。

2005年11月20日日曜日

朝が早い!

1歳6ヶ月くらいになると、すっかり「あんよ」も板に付いてきて、あっちこっち動き回るようになる。見境なくうごきまわるので、危なっかしくてしょうがない。昼間にめいっぱい動き回るので、疲れて早いときには午後7時半くらいにコテンと寝入ってしまうこともある。
しかし、寝るのが早ければ起きるのも早い。ある朝、耳元でなにかガサガサ音が聞こえはじめ、そのうち髪をひっぱられ、顔を触りたくられるので仕方なく目を開けると、ニマッといたずらっぽく笑う長男の顔がアップで目に入ってくる。「何時だろう?」と時計に目を向けると、まだ午前5時前ではないか。「おいおいおい、いくらなんでも早過ぎるやろ、勘弁してくれよ」などと思いながらぼんやりしていると、次に長男は、枕元に置いている私の眼鏡をわしづかみにして、「ん、ん!」といいながら顔の前に突き出す。眼鏡をかけろと言うのだ。パパは起きているときには眼鏡をしていて、眼鏡をかけると起きて活動すると思っているのだ。それでもまだぼんやりしていると、こんどは強引に私の顔に眼鏡を押しつけにかかる。眼鏡のテンプルを曲がらない方向にまで広げようとするので、「わー!、わっ、わかった、起きる起きます!」と半強制的に起こされる。そして、眼鏡をかけるが早いか、今度は私の手を引っ張って、おもちゃのおいてある部屋まで連れてこられる。おもちゃを出せとせがまれ、そのまま一時間以上一緒に遊ぶことになる。
だっこを激しく拒否されていた一時期のことを思えばたいした出世ではあるが、とにかく眠くてたまらない。この早起きはしばらく続くことになるのだが、1週間くらいたったある日、「せっかく早起きしているのだから、もっと有意義にこの時間を使えないだろうか」と思うようになり、長男と二人で早朝散歩に出かけることにした。

2005年6月21日火曜日

一番最初に「パパ」と呼ばせるぞプロジェクト

1歳も過ぎると、「アー」だとか「ウー」だとか奇声だとか、とにかくいろんな声を出すようになる。ある日長男は、何をおもったのか「パパパパパ…」と連呼し出すようになった。最初聞いたときは「おぉ! 最初に『パパ』と呼んだ!」と小躍りしたが、よくよく様子を見ていると、どうも私を呼んでいるわけではなさそうだ。とにかく「パパパ…」という破裂音を連呼するのが楽しくて仕方がないらしい。そうとわかったときは、いささか落胆したものの、「これはチャンスだ」と思い直し「一番最初に『パパ』と呼ばせるぞプロジェクト」を決行することにした。
長男が「パパパ…」と連呼を始めると、「ハイッ!ハイッ!ハイッ!ハイッ!はーいっ! 呼んだ? パパでちゅよー」とまぁこの調子で、長男が見てなかろうと、聞いてなかろうと、家の中だろうと外だろうと、過剰なまでに反応を続けた。 仕事で家を出た直後、「パパパ…」と声が聞こえたら、返事をするためダッシュで引き返し、電車に乗り遅れかけたこともあった。
このようにひたすら返事を続け、1ヶ月くらい経ったある日のことだった。長男がテーブルの上の玩具をとろうとして立ち上がっていた。何とか手は届くのだがうまくつかめず、玩具はテーブルの中央に逃げていくばかりだった。しばらく試行錯誤、悪戦苦闘を続け観念しかかったそのとき、玩具の方を指すようにして、確かに私の顔を見ながら「パパ」と呼んだ。「パ」だけでもなく「パパパ」でもなく「パパ」だ。そう呼んで、机の上の玩具を私にとってほしいと意思表示をした。ママでもなく、ババでもなくジィジイでもなく、一番最初に「パパ」と呼んだのだ。感動した。その後長男には、ご褒美としてパパの「チューの嵐」がおみまいされたことは言うまでもない。
しかし、依然としてママやばぁちゃんからパパだっこへの敷居はベルリンの壁のように立ちはだかり、その崩壊までにはもう少しの時の経過を必要とした。

2005年6月20日月曜日

パパは6番目

うちの育児環境は結構恵まれた条件がそろっているのかもしれない。夫婦共働きだが、私の実家が自宅から徒歩1分。カミさんはピアノ講師をしており、週の半分は牧野の実家で仕事をし、残りの半分は某音楽教室で仕事をしている。実家で仕事をしているときは、カミさんの母親が子守をしてくれており、某音楽教室で仕事をするときは、私の母親が面倒を見てくれている。そのおかげで、長男はすっかり「おばぁちゃんっ子」になってしまった。カミさんが仕事を終え長男を迎えに行ったとき、おばぁちゃんから離れるのがいやで泣きわめいていた時期もあった。そのときカミさんは激しくジェラシーを訴えていた。カミさんでさえこの状況なのだから、平日長男が起きている時間にほとんど顔を合わせない私の立場はかなりキツイものがある。ばあちゃんやママのだっこから、私のところへ来ることはまずない。無理矢理ひっぺがすと大泣きするし、手をさしのべるだけで、ばぁちゃんやママにひしとしがみつき、パパのだっこは拒否の姿勢だ。これだけでも結構へこんでしまうのだが、これに追い打ちをかけたのは、じいちゃんの場合でも同じ状態だったことだ。これにはかなりショックを受けた。(両実家のじいちゃんは定年退職していて在宅時間が長い)長男の中では、両ばあちゃん、ママ、両じいちゃん、そしてパパという序列になっているらしい。実にパパは6番目の位置づけだ。
「これではいかん!」と思い、あるプロジェクトを決意するのであった。